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東京高等裁判所 昭和57年(行ケ)23号 判決 1983年9月29日

原告 河野五郎

被告 特許庁長官 若杉和夫

右指定代理人 関本芳夫

<ほか二名>

主文

特許庁が同庁昭和五二年審判第五四七七号事件について昭和五六年一一月二四日にした審決を取消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告は、主文同旨の判決を求め、被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「上鉤と下鉤とをもつ釣り鉤」とする発明(以下、「本願発明」という。)につき、昭和四九年三月一四日特許出願をしたところ、昭和五二年二月一九日拒絶査定を受けたので、同年五月六日これに対する審判を請求し、特許庁昭和五二年審判第五四七七号事件として審理されたが、昭和五六年一一月二四日右審判の請求は成り立たない旨の審決があり、その謄本は昭和五七年一月一一日原告に送達された。

二  本願発明の要旨

ちもと(1)より上鉤と下鉤の鉤軸(2)、(5)を寄添うように下降し、上鉤は下鉤のふところ(7)の斜掛けより上部にわたり形成する釣り鉤。(別紙図面(一)参照)

三  本件審決の理由の要点

本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

これに対し、本願発明の出願前に日本国内において頒布された刊行物である昭和一七年実用新案出願公告第四五一一号公報(以下、「引用例」という。)には、「針体(1)の余剰部を折返し、上端に環部(2)を形成し、針体(1)の上部に添設した折返片(3)の先端を上方に曲げて餌掛鉤片(4)を形成した釣針」(別紙図面(二)参照)が記載されている。

本願発明と引用例に記載されている釣針とを対比すると、引用例のものにおける上部の(4)は、餌掛釣片であって、針体(1)に取付けた餌類の基部を掛止し、餌類を魚類に奪われないようにするためのものであることは、引用例の記載から明らかであるが、その形状は鉤片であり、本願発明における上鉤とは、その形状、下鉤との位置関係において区別し難いものである。

したがって、本願発明は、引用例に記載されたものに相当するから、特許法第二九条第一項第三号の規定により特許を受けることができない。

四  本件審決の取消事由

本件審決には、次のような誤りがあるから、違法として取消されるべきである。

1  審決は、引用例の餌掛鉤片の形状が本願発明の上鉤の形状と区別し難いものであるというけれども、引用例の餌掛鉤片は折返片を上方に曲げてその先を尖らした小さなものにすぎないのに対し、本願発明の上鉤は、鉤軸、ふところ及び鉤先がある大形の鉤であるから、両者の形状は明瞭に区別できるものである。

2  審決は、引用例における餌掛鉤片と針体との位置関係が本願発明における上鉤と下鉤との位置関係と区別し難いものであるというけれども、引用例における餌掛鉤片は針体のふところの上部を覆うことはないのに対し、本願発明の上鉤は下鉤のふところの斜掛けより上部にわたり形成され、上鉤が下鉤のふところの上部を覆うものであるから、両者の位置関係は明瞭に区別できるものである。

3  本願発明の上鉤が釣針の機能を有しているのに対し、引用例の餌掛鉤片は、全く釣針の機能がなく、本願発明の上鉤には該当しないにもかかわらず、審決は、このような両者の差異を看過している。

第三被告の陳述

一  請求の原因ないし三の事実は、いずれも認める。

二  同四の主張は争う。審決に原告主張のような誤りはない。

1  原告は、本願発明の上鉤は鉤軸、ふところ及び鉤先がある大形の釣であるから、引用例の餌掛鉤片とは形状において明瞭に区別できる旨主張するが、上鉤のふところ、鉤先の有無、形の大小はいずれも本願発明の特許請求の範囲に記載されていないところであるから、原告の主張は失当である。

2  原告は、本願発明の上鉤が下鉤のふところの上部を覆うものであるのに対し、引用例の餌掛鉤片は針体のふところの上部を覆うことはないから、両者の位置関係は明瞭に区別できる旨主張するが、上鉤が下鉤のふところの上部を覆うことは、本願発明の特許請求の範囲に記載されていないのみならず、本願発明も引用例に記載のものも上鉤は下鉤のふところの斜上部に形成されているので、両者は位置関係において区別できない。

3  原告は、本願発明の上鉤が釣針の機能を有しているのに対し、引用例の餌掛鉤片は全く釣針の機能がなく、本願発明の上鉤には該当しない旨主張するが、本願発明の上鉤は、特許請求の範囲の記載において、その形状・機能が特定されているものでなく、一方、引用例に記載の餌掛鉤片も鉤であり、上部に形成されたものであるから、上鉤といって差支えなく、両者は区別し難いものである。

第四証拠関係《省略》

理由

一  請求の原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、審決取消事由の存否について判断する。

《証拠省略》によれば、本願発明の明細書の特許請求の範囲の記載は請求の原因二のとおりであり、明細書の発明の詳細な説明の項には、「従来の鉤先一つの釣り鉤の欠点は鉤先の上部をちもとより続く鉤軸及びふところがおおい、鉤先の刺す余地がないため、やむを得ず鉤先の方向をちもとより少し外向きにして刺す所を設ける、しかし、この鉤先は刺すとき、おどり(鉤先の方向がちもとより逸れるものは鉤先の刺す反動により鉤先が後退すること)の現象が起る、すなわち、この鉤は鉤先の刺す範囲が狭く、且つ刺すとき釣合がとれない、そして、鉤は魚の口より吐き出し易い、次に、二本ないし四本の同形の鉤をちもとより下の鉤軸を中心にして、まとめる鉤は……大形になって魚の呑込みが難しくなる、この発明は前記のような鉤の欠点を除くことを目的とする」(第一頁第九行ないし第二頁第七行)、「二つの鉤先3、6は斜掛けになり刺す範囲は広く、且つ、おどりの現象はないため小さい力ですぐ刺さる」(第二頁第一三行ないし第一五行)、「この鉤が魚の口に入った場合は鉤の縦横の位置に関係なく斜掛けの鉤先3、6の刺す範囲は広いため、よく引掛り鉤は吐出しにくい」(第六頁第一九行ないし第七頁第一行)との記載のあることが認められ、明細書には別紙図面(一)のとおりの図面が添付されている(ただし第2ないし17図の図示は省略した。)ことが認められる。

明細書の発明の詳細な説明の項における右の記載及び付添図面を参酌すると、本願発明は、釣針(鉤)の改良を目的とし、従来の針先一つのものに代えて針先を二つとしたものであって、本願発明にいう「上鉤」も「下鉤」もともに、そのおのおのに、魚を釣るための鉤先((3)、(6))のついた釣針であるというべきである。

一方、《証拠省略》によれば、引用例の釣針における餌掛鉤片(4)は、「餌類中ニ針体(1)ヲ先端ヨリ挿入シ針体(1)ヲ餌類ニテ被覆セシメ餌類ノ基部ヲ餌掛鉤片(4)ニ掛止セシ」め、餌類を「毫モ脱離スル惧ナク」し、「魚類ニヨリ奪取サルルコトナク」するものにすぎず、本願発明における「上鉤」の鉤先のような釣針の針先ではないものと認められる。

そうすると、引用例における餌掛鉤片と本願発明におこる上鉤とは、その形状、下鉤との位置関係において区別し難く、本願発明は引用例に記載されたものに相当するとした審決は、その認定を誤った違法のものというべきである。

被告は、本願発明の上鉤は、特許請求の範囲において、その形状・機能が特定されておらず、一方引用例における餌掛鉤片も鉤であって、上部に形成されたものであるから上鉤といって差支えなく、両者は区別し難い旨主張する。

なるほど、本願発明におこる上鉤は、特許請求の範囲において、その形状・機能が特定されているわけでないが、「上鉤」と「下鉤」とは対をなして用いられており、「下鉤」が釣針であれば(「下鉤」が釣針であることは疑問の余地がない。)、「上鉤」も釣針であると解釈するのが自然であり、且つ明細書の発明の詳細な説明の項及び図面を参酌することにより、確定的に前記のように「上鉤」も釣針であると解釈されるものであるから、被告の主張は理由がない。

三  よって、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高林克巳 裁判官 杉山伸顕 八田秀夫)

<以下省略>

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